2007年9月 3日 (月)

館長と行くモンゴルツアー

Photo  8月24日から五泊六日で、JALチャーター機で行くモンゴルツアーに同行してきました。近畿日本ツーリスト福知山支店主催でありながら、本社をあげての取組みに短い期間でありながらも楽しい時間を共有させていただきました。ほぼ完売状態の230人、各コースに分かれながらも、どこかで接点を持つ企画に大勢の人たちとの交流に心地よさを感じました。

 楽しみにしていたモンゴルの友人たちとゆっくり過ごすことはできませんでしたが、次回また時間をつくり訪問したいと考えています。思いのほか、何もできずに帰国しましたが、あれもこれもと欲張って計画していたことが半分も実現できませんでした。できれば今度は20~30人程度のツアーを組んでみたいと思います。面白いほど彼らの息吹を感じられるそんなツアーができそうだと考えています。冬のオオカミ狩ツアー、モンゴル極寒体験ツアー、サバイバルツアー、タキビストツアー、そんなユニークなツアーを密かに考えています。この16年間で培ってきたモンゴルの友人たちとの信頼関係、モンゴル博物館の11年に渡る活動、地味ですが確固とした歩みは多くの人たちの共感を呼びながら今回のツアーにつながったと考えています。

 帰国した当日から4日間ほど体調を崩して寝込んでしまいました。いろいろな方たちからお礼の電話を頂いていましたが、連絡もできず申し訳ありませんでした。明日からまた通常の勤務に戻りますので、是非とも博物館に遊びにお越しください。これも博物館の新しい姿としてのチャレンジでした。

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2007年1月24日 (水)

サラントヤー

このブログを読んでくれている友人から、本当に毎晩一杯飲みながら書いているのかと聞かれ、「本当だよー」と答えておきました。いい加減な中身を読んでもらえれば良く理解してもらえると思います。

いい加減だけではなく、モンゴルの有名な歌手サラントヤーの歌を聞きながら、モンゴルの絵を描いています。紹介できるような腕になったら公開したいと思いながら、仏画を中心に書き溜めております。いつ紹介できるか分りませんが、春以降からこんな絵を描いていると公開していきます。

仏画を描いていると、モンゴルポップスの女王サラントヤーが、モンゴルの初代活仏ザナバザルが作ったターラー菩薩の顔とよく似ている気がします。でも、いくら一杯飲みながら描いているとはいえ、菩薩の顔はやはり菩薩なのです。サラントヤーといえば、90年代初頭に「ゴビの夢」で大ヒットし、今ではカリスマ的な歌手になってしまいましたが、数年前に生の声で録音させてもらったことがありました。別れる前に握手をしたら、あれだけのパワフルな音楽にもかかわらず、握った手は氷のような冷たさに驚きました。

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2006年7月 1日 (土)

チンギス・ハーンと大モンゴル建国800周年

6月半ばに千葉に住む知人の議員から「モンゴル建国800年」に関する記事をすぐ書いてほしいと依頼を受け、上海にある会社にメールを送り、気が付いたら2万部ほどのフリーペーパーが出回っていました。知らないところで読まれている人たちも多く、いつもながらお付き合いの中での仕事だけに大半がボランティアですが、記事のみ掲載しておきます。

 どこまでも澄み渡った空の下、吹き抜ける草原の風。草原の上にごろりと寝転んで、空を眺める。空はまぶしい光で溢れている。光の細かな粒子を風がゆっくりとかき混ぜる。光のマーブリングが広がり、目をつぶっても赤や青、黄や紫、オレンジ色の光の流れが見えてくる。そして、ゆっくり目を開けると、丸い地平線の彼方まで埋め尽くす、騎馬軍団。その広がりは遠近感まで狂わせてしまう。幻惑されて立ちつくしている間に、緑の大地はすさまじい轟音をともなって迫ってくる。地鳴りと山鳴り、馬のいななき、それに風のノイズが入り混じったような大音響が吹き荒れているかのようだ。この夏、800年ぶりにチンギス・ハーン率いる遠征隊がこの草原に帰ってくる。
 かつてモンゴル高原には匈奴が隆盛を誇っていた。その後、モンゴル系、トルコ系など遊牧国家が次々に覇権を競い、突厥のチュルク、そして遊牧国家ウィグルが覇権を握っていた。9世紀、ウィグルが崩壊し、モンゴル高原の南は遼や金が支配し、北では遊牧民が小さな部族連合を形成し、覇権争いに明け暮れていた。チンギス・ハーンの生涯を描いた「元朝秘史」によれば、その遠祖は天の命を受けてバイカル湖のほとりに降り立った「蒼き狼」とその妻なる「白い牝鹿」とされる。狼は草原の強者、鹿は美しくやさしい動物である。チンギス・ハーンはその系統を引くイェスゲイの長男として生まれ、テムジンという名を与えられた。父イェスゲイは幼い頃に急死し、母ホエルンによって配下の遊牧民が去った苦しい状況の中で育てられた。
 1197年、高原北方のメルキトに遠征、1199年には高原西部のナイマンを討った。1200年、宿敵タイチウトとジャムカを破り、続いてタタルを打ち破った。1202年、西方のナイマン、北方のメルキトが北西方のオイラトや東方同盟の残党と結んで大同盟を結びケレイトに攻めかかったが、テムジンとオン・ハンは苦戦の末にこれを破り、高原中央部の覇権を確立した。翌1203年にオン・ハンはセングンと亡命してきたジャムカの話に乗って突如テムジンの牧地を襲った。テムジンはオノン川から北に逃れ、体勢を立て直した。同年秋、オノン川を遡って高原に舞い戻ったテムジンは、兵力を結集すると計略を用いてケレイトの本営の位置を探り、オン・ハンの本隊を急襲して大勝した。モンゴル高原最強のケレイトは壊滅し、高原の中央部はテムジンの手に落ちた。
 テムジンのもとには有力部族集団も服属するようになり、モンゴル高原を統一したテムジンは、1206年、フフ・ノールにおいて開かれたクリルタイと呼ばれる大集会において全モンゴリアのハーンに推戴され、チンギス・ハーンを称した。ここにモンゴル高原の遊牧民を統合したチンギス・ハーンが創設した遊牧国家の大モンゴル帝国が誕生した。その後、チンギス・ハーンとその後継者たちはモンゴル高原から領土を大きく拡大し、ユーラシア大陸の大部分にまたがる史上最大の帝国を創り上げた。14世紀以降ゆるやかに解体へと向かうが、チンギス・ハーンの末裔を称する王家たちは実に20世紀に至るまで中央ユーラシアの各地に君臨し続け、その影響力の大きさがわかる。現在、遊牧民の偉大な英雄として賞賛され、モンゴルにおいては神格化し、国家創建の英雄として称えられている。
 みずみずしい草の感触はひんやりと心地よい。時間の流れがゆるやかになっていく。光と風が体の中にまで満ちてくる。長い間忘れていた世界がよみがえってきた瞬間。気の済むまでゆったり浸っていよう。大きな風景や自然と対峙することによって、自分の存在の小ささを実感し、謙虚に生きることを知る。大事なものを探す旅にはモンゴルの大地がふさわしい。(World Walker モンゴル2006年版 日本語フリーペーパー)

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2006年3月29日 (水)

アイリッシュパブで現代モンゴルを語る

 
急激なウランバートル市の変貌振りは一寸滞在したくらいではかつての感覚がなかなか戻って来ません。91年、家族で暮らしていた面影を探すのは至難の業に近いものです。そんな思いを旧知の友人たちとアイリッシュパブでギネスを飲みながら熱く語っていたら、現代モンゴル事情やモンゴルの博物館事情もおぼろげながら見えてきました。
アイリッシュパブは市内に数軒あり、比較的人気のあるパブの一つです。その中でもナッツァグドルジ劇場横にあるパブは昨年できたもので、常に満員状態で並ばなくては入れないほどでした。日替わりの生演奏もあり、懐かしいヒットパレードに夢中になっていました。街全体がおしゃれになったことは喜ばしいことですが、誰でも気軽に入れるパブでないことはある程度察しがつきます。かつての国営デパートであるノミンデパートも、物量ともに日本と全く違和感のないデパートですが、こんな豪華な家具や電化製品を一体誰が買っていくのだろうかと疑問を覚えます。旅行者の私には高額でとうてい買えないものばかりでした。
また、ウランバートル市内には博物館やギャラリーが増えています。切手博物館、民族衣装博物館、狩猟博物館、政治粛清博物館、ジューコフ博物館、ナツァグドルジ博物館、軍事博物館、自然史博物館、歴史民族博物館、ザナバザル美術館、チョイジンラマ寺院博物館、ボグドハーン宮殿博物館等々、かつての「見せてやる博物館」から「見てもらう博物館」へと大きく脱皮しようとしている姿が垣間見られます。どこの博物館関係者も積極的に情報交換や連携しようとする姿は、以前とは比較にならないほどでした。当館の目指していく姿も、おぼろげながら掴みかけてきた気がします。

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2006年3月28日 (火)

モンゴルから帰国 

7年振りにモンゴルのウランバートル市に出掛けてきました。一週間という短い滞在ということもあり、かなり無理をしたハードなスケジュールでした。朝10時から、場合によっては夜中まで精力的に会談し、結果的には実り多い話ができました。それでも予定していた関係者全員との協議を全てこなすことができず、もう少し定期的な交流を日常から心掛けるべきだったと後悔しています。
今年は博物館10周年という記念すべき年でもあり、新しい博物館を模索していくためにも今回の訪問は
クレジット銀行デンベレル頭取一家、国立歴史民族博物館オチル館長、国立自然史博物館マネージャーのミャンダスさん、チョイジンラマ寺院博物館プレブトクトホ館長、画家のオルタナサン夫妻、バヤスガラン夫妻、モンゴル芸術家連盟、旧知の友人バタルチン夫妻、前文部科学大臣ツァガーン氏、その他関係者の皆さんに滞在期間中は公私にわたりお世話になりましたこと、ここに深くお礼申し上げたい。
モンゴル滞在中の話は、彼らから土産に頂いたモンゴルウォッカ・アルヒを飲みながら毎晩ほろ酔いながら語っていきます。

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