忘れかけていた昔の宿題
約20年前、仙台に住んでいた頃、宮城県亘理町にある亘理伊達家の墓所を個人的な興味から調査をしていました。初代伊達成実から13代邦実までの歴代・夫人・子供たちの墓所が1ヶ所に集まっており、近世全体を通じて墓所の変遷が分る数少ない遺跡です。休日の大半は幼稚園の長男を連れ、朝から晩まで実測調査を続けていました。実測図・写真・拓本も既に終え、後は整理するだけでした。ダンボール箱で数箱におよぶ資料でした。天候が悪い日は、歩いて5分ほどのところにあった県立図書館に通い、伊達家関係の記録を次から次に読み漁りました。所詮は素人ですので、仕事の合間を見つけての調査に思うように進むわけがありません。しかし、機会があれば何かの形で紹介したいと思い続けていました。
そのうち、モンゴル赴任の話が舞い込み、家族で赴任することになりました。モンゴルとアメリカのシカゴ勤務だったのですが、いずれ帰国したときの楽しみに伊達家の資料は片付けてしまいました。帰国し、青森県から兵庫県に引越しするときも段ボール箱3箱分の資料は、大事に持ってきました。兵庫ではモンゴル博物館の建設と運営に奔走してきました。昨年8月のモンゴルツアーから帰国後、たまたま書棚を整理していたら、すっかり忘れていた伊達家の資料が出てきました。実測図や古地図などロッドリングで墨入れしていたものが、ドッサリ出てきたのです。当時は今と違ってコピー機の機能もそれほど良くありませんでしたので、職人技のごとくトレースは全て手作業の結果でした。最近では安価で優れた機能があるスキャンも出ており、トレースした図面をパソコンに落とし込む作業だけは簡単に終えました。できている原稿や、バラバラになった原稿も徐々に整理が出来、いずれ、報告書という形で自費出版したいと考えています。ようやく昔の宿題を出せるような気になってきました。何度も何度も諦めかけましたが、継続は力なりです。当時、妹夫婦が墓所全体を平板測量をしてくれたこともあり、きちんとした資料として出したいと真剣に考えています。50近い年齢になり、頭の体操と痴呆症防止を兼ねて、夜な夜なできる範囲でやっています。そんな誓いもいつまで続くものかと、妻の後姿が静かに物語っていました。
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